『碧い馬59号(1996年4/30発行)』より抜粋
『この地球(ほし)に』~一瞬の生(せい)~ 萩尾 農
―もう駄目なのではないか―
と、この頃思うことが多くなった。
″いつまでもあると思うな自然と地球″―である。
アメリカの天文学者チームが、1996年6月に、偶然に異様に明るい星団を発見し、それらを解析してきた結果、太陽の百倍もの大きさの星の集団が爆発と分裂を繰り返していて、明るさはそのためのものだとわかった。誕生から推定一千万年の新しい銀河で、百億光年の彼方に在ると、最近、発表された。
爆発と分裂を繰り返し、さまざまの元素をとり込み、燃えて、やがて固体となった星が火山爆発を始め、地中の元素が放たれ、雨が降り、海となり、そこから生命が誕生する―そこまでにどれほどの時間が必要か。天文学的な数値となる。
生命の生まれる可能性をもつ場所(水が存在できる位置)に、偶然に地球があったように、神サマはきっと、その新銀河の水の存在可能な一点に、ひとつの星を置くのだろう。
「見切りつけられちゃったかしらね」
友人が言った。
こっちの銀河系宇宙に…である。
こっちは百億歳で、人間でいえば中年、生まれて一千万年の新銀河は生後半月の乳児に相当するという。
―こっちは中年…か―
それならば、この地球はまだまだ大丈夫のはずなのだが、なまじ、″人類″なんていう種が誕生したがため、この地球は、その年令にして老いてしまった。
この″人類″という子供は、自分だけがお山の大将で、まわりが見えていない。火を征服した時から、この子は傲慢になり、確かに他の種には少ない″記憶する″という術を脳の中に多量に持ってはいたが、その欲望の限りないことこの上なかった。
この子供たちは、それぞれの居場所だけでは満足できずに、他者のものまで欲しがり、無抵抗の他の種を狩り、何万、何十万、いや、何百万年もの時間をかけて作られたこの美しい水の星の破壊など何とも思っていない。
自己の権威の誇示のために、母であるこの地球の上、或は、その胎内で、核実験などをやらかしたりする。いや実験ではなく実際に、それらの兵器は同種である人類を殺めるために使用された。
―勘当だなァ、これは…―
その種の一人であるのに私は、そんな風に呟いた。
このアメリカ天文学者チームの今回の発表の何年か前にも、我々の銀河系宇宙とそっくりの恒星群の存在も伝えられた。
宇宙の誕生の過程はどこも一緒だけれど、第二、第三の地球が用意されつつある気がしないか。
ちなみにこの度の新銀河は、こっちと同規模の球体で、『MS15121CB58』と命名された。
神は寛大だ―と、信じていたい。そんな″人類″なのに、長い歳月待っててくれたではないかと、望みをつなぎたい。いや、長い歳月というのは、人間の尺度で考えるからだ。前述したように、宇宙の一千万年なんて、生後半月の乳児だ。そういう単位の時間の長さである。すると、人間の生命の時間は瞬きほどもない。その存在は、″点″ですらない、″一瞬の生″―である。
【付 記】
もう20年近い前に、『この地球(ほし)に』というタイトルの企画をした。
その他に、いじめ問題や貧困や、そして、戦争についても…と、様々な問題を、「?」と思うことも、取り上げ、企画して、その度に、同人たちのいろんな意見・原稿が寄せられていた。
「同人・仲間たちはとてもひたむきだったなぁ」と、今更に思う。
その仲間たちの真摯な思いがあふれていたなぁ~ふっと感慨が…。そういう作品をここに掲載したいが、一応、著作権がからむから、本人の許可を得なければ…ならないかな。 (萩尾)